縄と鬼ー明智伝鬼とその世界 飯沢耕太郎


 明智伝鬼という名前は以前から見知っていた。おそらく家に送られてくるSM雑誌などの記事で目にしていたのだろう。怜悧な細面にサングラスの、一度見たら忘れられないようなその風貌も何となく記憶に留めていた。その時点では、面白そうな縄師がいるという以上の関心は持っていなかったのだが。

 斎藤芳樹が撮影した、明智の縛りのセッションの写真を初めて見せられた時、正直これは困ったことになったと思った。写真がつまらなかったわけではない。その逆である。そこに展開されている場面は、僕の乏しい緊縛やSM行為についての知識を根底から覆すような異様なオーラを発していた。凡百の「ボンデージ・フォト」にはない、見る者の居住まいを正させるような力がそこにはあった。この写真とこれから先深く関わらなければならないだろうと、その時覚悟を決めたのをよく覚えている。

 それから3年あまりがあっという間に過ぎ、その間に明智伝鬼は帰らぬ人となり、ようやくこの写真集が世に出ることになった。いまあらためて斎藤の写真と向き合い、明智の縄の世界に思いをめぐらすと感慨深いものがある。むろんまだ彼を包み込む濃い霧が完全に晴れたわけではない。僕はあくまでも斎藤の写真を通じて明智と関わってきただけにすぎない。だがそれでもこの稀代の縄師について、自分なりにいろいろと考えてきた。そのことを僕の力の及ぶ限り形にしてみたいと考えている。

 穏やかな人だったという。彼に身近で接してきた人たちの話を聞いても、訃報に対してのいろいろな反応の言葉を読んでも、みな異口同音に同じような印象を語っている。優しくゆったりとした語り口。礼儀正しく、いつでも「ホワーッとした」雰囲気を漂わせていたという。

 ところが、いざ「仕事」となるとまったく別人になる。彼は毎月自分のサロンで縛りのショーや撮影会を開催してきたのだが、そんな時にはまさしく荒ぶる鬼のような側面を見せることがあった。明智伝鬼の縛りは「責め縄」と称される。わざとらしい演技を嫌い、モデルをぎりぎりまで追い込んでいくパフォーマンスである。当然それについていけるモデルとそうではないモデルがいる。気が乗らない時には形だけの縛りになる。だが、縄を全身で受け止め、その世界に没入していくようなモデルの場合には、火がでるような白熱したセッションが展開される。そしてどんな場合にも、ショーが終わったら「よかったよ。ありがとう」とモデルに声をかけるのが常だった。

 明智についていろいろと調べたり、話を聞いたりすると、いつでもこのような二つの顔があらわれてくる。たとえば彼はサディスト(S)なのか、マゾヒスト(M)なのか。縄を使って女性を縛るという行為だけを見れば、当然Sであるはずだ。だが彼には、SとかMとかいった普通の見方を突き抜けたところがあった。若い頃の回想によれば、自分を精神的にも肉体的にも極限まで痛めつけるようなM的な行為に恥溺することもあったようだ。縛りを研究するにしても、自分で自分を海老縛りにし、足をゴムで梁に掛けて逆さ吊りになるといったところまでエスカレートしていく。

 こうしてみると、明智の二面性とは短絡的にSとかMとかいうのではなく、彼の中に潜んでいた重く激しい衝動の塊が、それぞれ形を変えて噴出したものであるといえそうだ。狂気じみた責めへののめり込みも、マゾヒストの自己処罰を思わせる行為も、あるいはモデルの女性に対する優しさも非情さも、彼の中に渦巻いているわけのわからない欲求が、ある形を求めてもがいていることのあらわれである。その究極の形、つまり明智が何かを「表現」しようとして長い時間をかけて育て上げ、編み上げていった様式こそ、彼の「縄」あるいは「縛り」だったのではないだろうか。

 

 明智伝鬼の縛りのセッションは、凡百の「ボンデージ・フォト」とはまったく違っていると先に書いた。それが一番よくあらわれているのは、縛られている女性の表情である。

 最初のうちは苦痛や不快を耐え忍んでいるように見えるモデルの顔つきが、少しずつ変化し、次第に放心の表情になっていく。その時、彼女はおそらく何も考えていないし、痛みすらも感じなくなっている。明智に身をまかせ、すべてを委ねきった恍惚が全身から匂ってくる。斎藤芳樹が撮影した写真でいえば、2001年7月の目黒川の暗渠、また2002年8月の「サロン雅羅紗(がらしゃ)」でのセッションに、それがよくあらわれているように見える。その両方とも彼が最も信用していた縛りのパートナー、京城夢路がモデルを務めているのは偶然ではないだろう。

 明智自身はそのあたりのことを、あるインタビューで「相手を赤ん坊にする」と語っている。「お母ちゃんが赤ちゃんを包み込むような、相手が赤ちゃんの気持ちになるような、すべての力が抜けて、身を任せた状態になるのが、凄くいい縛りだと考えます」(「〇五年、七月三日。明智伝鬼の肉声」、『SMスナイパー』2005年9月号)。考えてみればこれは逆に怖い状況である。「相手を赤ん坊にする」というのは、文字通りその生殺与奪の権利を完全に自分で握っている状態といえるだろう。モデルはたとえ殺されたとしても文句はいえないということだ。実際に縄で体を吊り上げたりする時に、バランスを間違えると後遺症が残るような大怪我をすることもあると聞く。

 そこまでの信頼関係を築き上げるというのは生半可なことではない。そこには単なる利害関係でも、一方的な愛着でもないふれあいが必要なはずだ。言葉や身体のレベルではない、魂の交流とでもいうべきものがない限り、「相手を赤ん坊にする」ことなどできないのではないか。明智と京城夢路とがパートナーシップをつくり上げるのに要した気が遠くなるような時間と労力が、斎藤の写真にじわじわ滲み出している。セッションが終わったあとで、口移しに夢路に水を与える明智のカットに、たとえそれが幻想であったとしても究極の関係を取り結ぼうとあがく2人の思いが結晶しているように見えるのだ。

 だが、あまり心理的な要素ばかりを強調しすぎても、明智の縛りの本質は見えてこないのではないか。そこには「縄目の美学」とでもいうべきものがある。縄と縄とが重なり合い、結び目をつくり、絡みつきながら柔らかな肉に食い込んでいく。明智の縄目は誰にも真似ができないような独特のものだったという。あまり複雑すぎて、「二度とこんなふうにはできない」と漏らすこともあった。たしかに斎藤の写真を見ても、その錯綜する結び目の形は、ある種の鉱物の結晶のような幾何学的な美しさを備えている。

 明智は若い頃から「縄目の美学」に取り憑かれていた。明けても暮れても縛りのことを考え、江戸時代の罪人の縛り方や武道の一種である捕縄術(ほじょうじゅつ)を、文献を漁って研究することもあった。現在、緊縛の世界で普通に行われている、鞣(なめ)した7〜8メートルの麻縄を二つ折りにして縛っていくやり方は、明智が工夫したのだという。

 明智の凄さは、むしろそのような縛りの技を極めながらも、それをこれ見よがしに誇示したり、いたずらに完璧さを求めたりしてはいないところにある。「縄が走る」のだという。自分の意志とは無関係に縄が勝手に女体に巻き付き、結び目をつくっていくということだろう。「不思議なことに、ある境地までいっちゃうと、『縄が走る』っていうんですけど、意志に反して縄がこっちに行きたいんだって、手を動かして勝手に縛っちゃう。ちょっと信じられない。無の境地っていうんですかね。そういう境地に二、三回入りまして、それをビデオで見てみると、凄くいいんですね」(前出「〇五年、七月三日。明智伝鬼の肉声」)。

 名人というのはどの世界でも同じようなことを語るものだと思う。長く辛い修練の果てに「無の境地」に達した名人たちは、迷うことなく自分の道具に身を委ねる。モデルは明智に身をまかせ、明智は「縄が走る」ままにまかせている。結果として、そこには「縄目の美学」が見事にできあがってくる。幸福な状況というべきだろう。すべてはあるべきところにきちんと収まり、絶妙のバランスを保つ。明智の縛りは見方によっては凄惨で残酷かもしれないが、そこには不思議な安らぎが漂っている。それこそが「無の境地」の為せる業なのではないだろうか。

 この写真集の企画を斎藤芳樹といろいろな出版社に持ち込んでいた時期に、よく2人で話していたことがある。「マニア向けの写真集は作りたくない」ということだ。いまや「伝説の」縄師である明智伝鬼には熱烈なファンも多い。そういう人たちはたしかに大事だが、もっと読者に広がりをもたせたかった。いままでSMや縛りになどまったく関心がなかった人たちにも、先入観なしで見てもらえるような写真集にしたかったのだ。

 とはいうものの、縛りの世界はやはり特殊なものだろう。逆にそれがあまり白昼堂々と行われるようになっても、かえっておかしなものだ。アンダーグラウンドの領域だからこそ、明智の縄は妖しい輝きを発しているともいえる。ただ、それが一部のマニアだけにしか伝わらないものとはどうしても思えない。最初はつい顔を背けてしまうかもしれないが、一度きちんと斎藤の写真に向き合ってほしい。そうすれば、明智のやろうとしていたことに「表現」としての普遍性が備わっていることがわかるはずだ。

 そこには一般的にSM行為について考えられている支配―服従の関係に収まりきれない、複雑な心理の綾がある。縛り―縛られる関係は、先に強調したように究極の信頼関係でもある。さらにそれは、人間の身体によって「表現」されるぎりぎりのフォルムの追求であるともいえる。縄によって変形させられた身体は、その可能性を極限近くまで引き出されているのだ。

 明智伝鬼は生涯にわたって、「縄目の美学」の伝道師であり続けようとした。生前の彼と親しく接する機会がなかったのが本当に残念だが、この優しさと激しさを併せ持つひとりの鬼が、全身全霊で伝えようとしてきたメッセージを、これから先も受け止め、読み解いていきたい。